akoの け~な練習日記

孤独な南米音楽おたくの色々練習記録です



グループMAYA( http://www.sonorosa.jp/maya.htm )
のケニスタ 橋本 仁さんが作曲された 曲 【 セレナータ Ⅱ 】
センサシオンと いう CDに収録されています

この曲 すごく大好きで
4,5年前から ずっと温め吹き続けている曲のひとつです

今回 なんと! 恐れ多くもMAYAのメンバーの伴奏で吹ける
豪華絢爛、願ってもないチャンスを
幸運にも 頂けたのに。。
こんな事って もう後にも先にも もう二度とないのに(´;ω;`)ウゥゥ 

なんと なんと ・・・ 出来具合は超ボロボロ 撃沈!
作曲者の前で とってもとっても失礼な演奏を
してしまったのです (>_<)

大好きな曲と言いながら。。。 温めているといいながら。。。
怠けていた証拠が ありありと浮き彫りに。。。

って訳で
ここで 心機一転 改めて 研究し直そう!
そして また 心を込めて吹けるよう 頑張ろう!

そんな 気持ちにさせて貰える きっかけを頂けたことに
今は 感謝です

今回は 原曲をじっくり聴き直し 丁寧に音を紡ぐところから
新たに出発です

・・・と、書き込んだところで 気づいたのですが
なんと 同じことを2014年11月5日に 書いてるのに ビックリ
忘れてました(笑)
これです↓
http://ako.blog.jp/archives/1012977764.html


当時の録音と聴き比べてみると 
全然進化してない自分を見たようで。。
う~~ん。。なんか びみょ~~ (-_-;)



とっても イケメンで 素敵な音色のquena奏者
http://www.ren-quena.com/
renさん作曲の 【 いちごの唄 】て曲があります。


この曲聴いてると
なぜだか ほっこり 優しい気持ちになるのです


最近 ちょっとquenaについて あれこれ思ったりしてて
なんだか 無性に吹いてみたくなりました

今まで色々しょってた 色んなモノを 一度放り投げてみて
気持ち クリアにして

そして また

音色の持つ 本来の優しさが 素直に醸し出すことが できたなら。。。。

そんなふうに思う 今日この頃。。。です。。。





Camba って?
Blivia の東部 アマゾン地帯にすむ人々の事を表す俗語だそうです

この曲は Boliviaのアマゾン地帯に住む娘を思う恋の歌でしょうか?

まず 何といっても 技巧はさておき とにかく情熱的に!
愛しく 切なく。。。。

そして そこを表現するために 押すところと 引くところをはっきり
曲を表現するための 効果的な息継ぎの場所
バイブレーションの 強弱 あるいは 有無
タイキラリに マッチした タンギングと スラーの使い分け
などを 念頭に 吹いてみる事に

いずれ この曲も 大切に育てて行けたら良いな~♪

・・・と 強く思う 今日この頃の  Niña Kobe だれが 娘やねん(笑) 


 



ROSA CARMIN 真紅の薔薇
の ハモリバージョン

Rolando EncinasさんのCDから 耳コピで取ってみました
半音の多い事といったら・・・もう 大変
おまけに 出だしのフレーズ高い!早い!ややこしい!ときちゃたね

いや とにかくもって 吹けるようになるには
何度も 繰り返し スポーツ もしくはゲーム感覚で
身体に叩き込んでいくしか ないのであります

何か 左の中指が 痛い。。。

この先々 勝手に 口と指が反応してくれるまで 生きながらえているか
疑問ではありますが
取りあえず 途中経過で このざまを アップ

なんにせよ 口の筋肉のしまりが かなり情けない事が
ハッキリしたので 成果ありで 良しとしよう


とっても以前から 好きだった曲だった。。
幸運にも とある 演奏会で 再び耳にする機会があり
やっと 題名が分かった♪

「MUNAPACU」って曲らしい
何ていう意味なんだろう。。?

あまりにも 良かったので
自分で吹いてみたくなりました

同じ人が同じケーナでハモるってことは
キーのずれが生じることは無いのだけれど
カバーをしてもらえないって事の残念さが ひしひしと。。。

ま、取りあえず 今回は
一つ 一つの 音色の響きをじっくり心に刻み込みながら 
音同志がいかに輝き合うか。。。

そんなあたりを意識して 1人ケーナ二重奏で吹いてみました

吹けることの幸せ。。ひしひしと。。。
言葉で言い表せないくらいに 楽しく至福の時間が流れてゆきました
まさに究極の ケーナオタクな ひと時ですね(笑)



ケナーチョ。。。 

最近ケナーチョを吹く機会が増え
今までの練習不足を 痛く 痛く感じております

まずもって 指が満足に届かない 穴と穴な感覚が遠い
おまけに 息がしんどい 

とか言って 避けておりましたが
本当は 音色の渋さではケーナよりも好きかも

とにかく 避けて通れなくなった今
ケナーチョに慣れるしかないですね

この O'Carolan の曲のフレーズを
ケナーチョで吹く!
アスリート感覚で とにかく 何度も吹く

これで 指  二の腕と 呼吸 舌 腹筋 に負荷をかけて
鍛える!!!

そして 速度を徐々に上げて 更に 吹く

まだ しどろもどろの 闇の中ですが。。。 これやり続けたなら
先に きっと いいこと 見えて来るかな?

O'Carolan の 第2弾 「Los Amores De O'Carolan」です

・・・

そんな後 ふと、ケーナ吹いたら なんか可愛いくって、
ちっちゃぁ~~い 感じがするんですよね(笑)



曲名 The Two William Davises


作曲者 Turlough O'Carolan (ターロック・オキャロラン)



アイルランドの曲 最近のマイブームであります

曲の由来 
年老いて強欲な  William と 寛大で気前の良い若者 William の話だそうです
とっても ノリの良いコミカルチックな 繰り返しの旋律で

Gm管のケーナで遊んでみました






Feliz 2016!


EL CANTO DEL CUCULI(ククリの歌)



いくらスペイン語の分からない私だって
もう この文字だけは スラスラ書けちゃう♪
意味だって分かっちゃう♪

それほど 多くの回数かき込んでいる この文字
EL CANTO DEL CUCULI ククリの歌

2016年 新年の ご挨拶は やっぱり
恒例 ククリで年明けさせて頂きたく 存じます
( やっぱりな。。と 声が聞こえてきたのは 気のせい?)

2006年の夏 ケーナに出会って なんと今年で めでたくも10周年!
あぁ~ 未だ 大好き & 試行錯誤で 延々と吹き続けている曲であります

過去ブログを ぐいぐい ひも解いて下されば一目瞭然
・・・って そんな暇な方は いないですか。。。(笑)

性懲りが無い。。。とも言います(笑)

今年も 何ら変わることなく
いえ、少しは年齢と共に 変化てほしいのですが。。。

やっぱり この曲を愛し続けていきたいと思います
QUENA吹き続けていきたいと思います!

今年も 新しい発見に目を向けられる自分で いれますように!

Os deseo salud y felicidad


チャランゴ ながらく停滞しておりました。。。

一年に一曲とか 豪語して張り切っておりましたが
ただいま停滞の極みであります

理由は 
我が愛するチャランゴが 恐ろしくボロボロになったため
インティ工房 http://www.tantanakuy.com/ に 入院させてたのです

お蔭さまで 再び輝きを取り戻して戻って来てくれました
muchas gracias 

まだ新しいニスの香りがする リニューアルチャランゴ君を手に

今回は12月23日に 開催される
恒例  【 あこくぼグラナダLIVE 】に向けて

記憶の掘り返しと 指のリハビリのため
【 復習チャランゴ 】 慌ててます

大好きなチャランゴ奏者 
William Ernesto Centellas 様の 

Cuando nace la Amapola(アマポーラの花の咲く頃)


Chuwa yacu


しかし これが また  繰り返し弾いてみないと
どんどん脳ミソが 退化していく恐ろしさを実感しております

あぁ。。。くわばら くわばら。。。わたしの脳みそ
間に合うかなぁ。。。








今回の この曲の 試みとして。。。

音と音の 【 間 】に存在する意味合いを
【 情景 】 として 把握し さらに表現してみる

このあたりを 心がけながら演奏してみることにしました

そのためには 詩が訴える 本来の想いを充分把握し

風景として思い描き 

その人そのものになってその情景の中を駆け巡る

はたまた まわりの者としての立場で 起こりうる情景を眺め 
様々な角度から 気持ちを表現する


そうする事によって 自分なりにどう どう感じ どのように受け取るのかを
頭の中で 自由奔放に思い描いてみる

そして ケーナの抑揚 バイブレーション フレーズの変化 音の強弱などを駆使し
ケーナの音色 、 
あるいは声に置き換えて 思いのたけを表してみる。。。

・・・

演奏していて 

そんな 複雑な表現のたくさんある中で

しいて言えば 最後の
『 dormida, Alfonsina, vestida de mar. 』の部分

色んな側の立場が 折り重なり 複雑に入り混じっている
極め付けの箇所のひとつではないかと 思われる

情景として 見えて来るのは  
漆黒の海の中から見上げる 月明かりに照らされた 海面が 
きらきら輝きながら ゆらめき 波打っている様

時間軸でとらえると その光景も 徐々に遥か上空に遠ざかり
やがて その光の最後の筋も 届かないところに沈みゆく わが身

その過程で おそらく 言いようの無い 膨大な悲しみ そして無念さの中に
そこから ふっと解き放たれたのであろう  一抹の悲しいくらいの安堵の想いが 
加わっていくあたりでもあると思われる

また別の軸では 他者側の 非常に間接的な想いが交差していくのだけれど。。。

やがて それもみな全て 折り重なり一つの点となったその時

ストン!と 【 無 】 の瞬間が到来する

そこが dormida, Alfonsina, ◎ vestida de mar.
この◎の間の部分に 
その全ての想いを込められたなら 

私としては 本望だということです


なかなか 思う程に 表現しきるのは難しいところですが

今回 曲を表現するにあたって
深く考える機会を持てたのは

本当に 良かったと思います

おもいが 形に現れる いつか その日がくるまで
これからも 努力していかねば。。。 


と 感じる 今回の ALFONSINA Y EL MAR でした。。。

muchas gracias! 









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